こころの病と闘いなから「働き方をかえる」!YOLOなダイアリー

一度きりの人生(YOLO)、私同様に「こころの病い」と闘う人へ。

本を読もう

 こんにちは。

今年は例年よりも早く気温が下がってすっかり秋模様。秋と言えば、「食欲の秋、読書の秋、運動の秋」ですね〜。今日のテーマはその中から「読書」について。

 

 先日、J-Wave のラジオ番組「Jam-the-World」(水曜日の安田菜津紀さんの回)でも特集されていましたが、最近、学生の「読書離れ」が進んでいるそうです。

でも「読書離れ」の話は以前から言われていましたから「今に始まった話じゃないんじゃないの?」と思いそうですが、昔との大きな違いはなんと言っても「スマホ」の存在。みなさん毎日スマホで忙しくて読書をする時間を取られていますよね。たしかに私も、暇さえあればSNS(LINEやフェイスブック、インスタにツィッター)やネットサーフィンなど、スマホだけで一日のどれだけの時間を過ごしていることか。

 

インターネットで書籍の売上推移を調べてみても、書籍の売上げは1996年の1兆931億円をピークにずっと右肩下がりで、2015年は7419億円で、20年間で約3割も売上げが減っている状況。

全国出版協会・出版科学研究所の調査より)

 

数字から見ても、「出版不況」というよりも、まさに「本離れ」が長く続いているわけです。

 

思うに、今学生が読書離れになった背景は、スマホに時間を奪われただけでなく、「知識・情報」というコンテンツを得るための「メディア」がスマホに奪われた、また、収入が減る中で限られた財布の中のお金が携帯や他のものに奪われて「本」の魅力が相対的に薄れてきているのでは?と感じざるを得ません。

でも、みんながみんな本当に「読書離れ」しているのか?というと決してそういう訳ではなく、読書をしている人は沢山いる。図書館に行っても常に沢山の人が本を借りに来ているし、必ずしも読書する人が毎年減ってきているとも思えない。それに私のようなビジネスマンの多くは、多かれ少なかれ、知識や情報、教養(資格や学習も含む)を得るために、何かしら読書しているのではないか?と思うし、現に私は読書の虫で、いつも暇さえあれば本を読んでいる。

だから、国民全体の問題というよりは「本を読む人と読まない人の二極化」が進んでいるのではないか?と思うわけです。

では、「読書離れ」してしまっている人達は、一体なぜ本を読まなくなって、インターネットという「メディア」に時間を奪われてしまっているんでしょうか?

 

原因1) 本に触れる機会が減った

  Amazonなどのインターネット書店電子書籍の拡大の影響で、実際に本を手にとって見ることができるお店(リアル店舗)は減少傾向、特に駅前や商店街の小さな書店の閉店が目に見えて増加している。昔であれば、中高校生が放課後に気軽に行けて、かつ本に触れる場として重要な役割を果たしていた「本屋」の減少は、本を読むきっかけが減る原因の一つなのではないかと思います。

 

原因2) 書籍のコンテンツがインターネットの情報に負けている?

  本と言っても、ビジネス本や自己啓発本、小説(フィクションからノンフィクション)、文芸書(趣味や芸術、健康など)、教育書(参考書や学習書)、マンガや雑誌、絵本までいろいろあるが、気軽に読めるマンガ、教育上必要とされる参考書や絵本みたいなものは別として、芸能雑誌やちょっとした料理本、ファッション雑誌など、インターネットや便利アプリでも代替できそうな本は、厳しい状況だと思います。例えばファッション雑誌だと、今はインスタグラムやWEAR(zozotown)などからコーディネートや新着の服情報を入手する若者が増えてきて、以前のように雑誌が流行を創る影響力が落ちてきているのではと思います。

  また文庫本や文芸書の類でも、情報や時代のキーワードを知るための啓蒙本であれば「わざわざ分厚い本を読まなくてもインターネットのまとめ情報からポイントだけつまめば十分」という人もいるかと思います。つまり、本にしかない価値(コンテンツ)をうまく提供できないと、残念ながらなくなりはしないものの、徐々にスマホに喰われて衰退してゆくしかないのです。

 

  ここまで、ずっと本の将来に悲観的な話ばかりでしたが、

別の視点から見ると、ひょっとしたら『必ずしも「売上が落ちた」=「本離れが進んだ」というわけではない』、という仮説も一理あるのではないでしょうか?

 

例えば、

◇出版業界の流通構造の変化や顧客の志向の変化

電子書籍の普及で原価を下げられたことにより、単価が下がったのではないか?

出版社や取次店などの抵抗もあり、アメリカのように半額とまではいかないものの、出版社によっては10%~20%くらいやすかったりする

→読みやすくて単価の安い文庫本が増えた

  内容は多少浅いけど2〜3時間くらいで気軽に読めて分かり易く知識や情報を得られ、なおかつ1000円以内で買える文庫本。数年前に「文庫本ブーム」と言われた時期があったように、文庫本が数多く出版されています。服に例えるなら、ブランド服よりも、ユニクロしまむらのような安くて気軽な服といったところでしょうか。

→新刊を買うよりも中古をシェアする、エコな読書人が増えた(=節約志向)

例えば、

・最近流行りのメルカリなどのフリマで古本を販売、購入する人が増えた(再販売上が見えてこない)

・本やマンガは読むけど、Kindleやマンガアプリなどで無料で読んでいる

・図書館で本を借りる人が増えた(私は読書量が多いので最近はこれです)

 

ライフスタイルの変化は読書の仕方にも影響していると感じています。

 

つまり、出版業界としては売上が減っていて確かに頭が痛いのですが、「読書する」ニーズは実はまだまだ可能性があって、やり方次第では「読書離れ」を食い止められることができるのではないか?とも考えられるんです。

 

例えば、インターネットでは得られない「読書にしかない価値」をもっと情報発信して啓蒙することだったり、若者にもSNSを利用した本の情報発信を積極的におこなって接触率を増やす努力をしてみたり、スマホからでも読書へ導いてゆくような宣伝やアフィリエイト広告みたいな仕掛けができたら、町の「本屋」の代わりに本に触れる機会が増えるはずだろうし、まだまだ「読書離れ」の人たちを呼び戻すやり方は必ずある!と思っています。

(お笑い芸人のピース又吉が読書への水先案内人をしているのは、とてもいいことですよね〜)

 

  読書好きな私としては、他の人にも好きな本や良かった本を人に勧めたりするように心掛けていますが、「本」でしか味わえない価値をみんなにも感じて欲しいし、みんなが「本」を通して、教養や「こころの豊かさ」を是非とも培っていったら、日本はもっと良い国になるんじゃないかと思います。

 

 

【ビジネス本や自己啓発本でしか学べない価値】

1) 経営者(起業家)や学者、コンサルタントや各分野で活躍する著名人など、普段話すことのできない人達から学べる最高の授業である。

2) インターネットは二次情報(又聞きや写しで書いている情報)が多く、必ずしも情報の信頼性や信憑性は決して高くない。

一方、「本」は一次情報(オリジナルの情報や論説、着眼点、発想)であることが多く、情報の信頼性・信憑性が極めて高い。

3) (特にハードカバーの書籍の場合)洗練されたコンテンツが多くあり、インターネットの情報のように薄い内容ではなく、中身の詰まった説得力のあるメッセージに出会うことができる

(もちろん当たりハズレはありますが)

4) ものの見方や考え方、人生観を変えてくれるような、新しい着眼点であったり発想が「本」にはあり、また時代の流れ(トレンド)や思想・心理、生活様式や社会構造の変化、世界情勢など、ありとあらゆる情報や知識も得ることができる。そしてその積み重ねが「教養」へと生まれ変わっていき、自分のアイデアの引き出しを増やしてくれる

 

【小説でしか学べない価値】

1) わずか千円くらいのお金で、人を非日常の世界へと誘(いざな)ってくれて、普段経験できないようなバーチャル空間(世界)を本を通して体験できる

2) 本の行間から読み取れる情景や出演者の感情の動きの捉え方は人それぞれ。映画にはない、その人にしか見えない世界観が本の世界にはある。そして、目からは見えないストーリーは、創造性や感受性などを膨らましてくれる。そして人の「こころ」を豊かにしてくれる

 

 

ちなみに、私が本格的に読書するようになったのは社会人になってからなんですけどね(笑)。

今回も長々と書いてしまいましたが、「読書の秋」なので、たまには本を読みましょうね〜。

 

人生を変えてくれる本に出会うのを願いつつ。。

You Only Live Once.(人生は一度きり)

 

楽しんでいただけた方、是非 いいね!をよろしくお願いします!

 

 

※余談ですが、、、

私は「伝説の営業マン」的なビジネス成功体験の本だけは、正直あまり好きではありません。
何故なら、全員みんな違った成功体験があるはずだし、偶然だったり、その人が生まれ持った個性や人間性などによる成功体験は、他の人には真似できるものではないから、自分に必ずしも参考になるとは思えない。それに、出版社に頼まれて書いてみました的な、自慢話としか思えないような内容の薄い本も中には存在するからです。成功の道は人それぞれですからね。。。

 

成功者でもないのに偉そうなことを言ってすみませんが、これだけは最後にどうしても言いたかったので書いてしまいました。。。。

 

こころの病気の自分をオープンに

こんばんは。

今年はあっという間に夏休みも終わり、もう長袖を切る毎日、何だか最近はすっかり秋模様ですね。

 

春から始めたブログももう半年。

”こころの病気”とたたかっている自分が普段感じたこと、考えていることをブログに書いて発信することで、ひょっとしたら誰かに共感してもらえたらいいな、と思いつつ約一週間に一回のペースで書いてきましたが、もし読んでくれている人がいたら嬉しい限りです。

 

   最近は、自分の思いついたテーマやキーワード、フレーズを必ずメモして、その言葉を繋ぎ合わせて形にしてゆく。形にしながら自分の頭の中を整理して、自分のこころの中の真相(こころの中でボンヤリしている潜在的に考えているイメージ)を明らかに、鮮明にしてゆく。読書や新聞、雑誌を読んで心に刺さったこと、朝の通勤中にふっと頭に浮かんできたインスピレーションやアイデア、それぞれをメモにして、時間ができたらそれぞれの点と点を繋ぎ合わせて一つの線に創り上げてゆく。

私は決して文才はありませんが、そんな感じで日々自分が頭の中で考えたことを、文章という「作品」にしてゆき発信する、些細ながら自分なりの創作活動に密かな楽しみを感じつつ書いている今日この頃ます。

 

  さてさて、前置きはここらへんにして、今日のテーマ、「こころの病気である自分をオープンに」について。

 

私は「身体表現性障害」と闘いながら毎日仕事をしていますが、できる限り包み隠さず周りにもオープンに話すようにしています。でも時々、他の(こころの病いになった)皆さんって、みんなどうしているんだろう?とよく思います。

 

 インターネットやメール、SNSの普及で昔と比べて頭が休めない毎日になってきたからか、今は「こころの病い」になる人が本当にすごく増えました。

実際に私の会社にも、仕事のトラブルや人間関係、残業などの労働環境、あるいは本人自身の性格から来る原因など、いろいろなきっかけで「こころの病い」になる人はたくさんいて、身近な人間だけでも、うつ病の経験者や適応障害など、”こころの病気”の経験者をたくさん知っていますし、学生時代友人に聞いてみても、どこの会社でも同じように「こころの病い」になる人が結構いると聞いたりします。

でも、不思議なことに、”こころの病気”の話をするのって、意外とみんな過去の病気の話しをする人っていない気がします。御法度なのか知りませんが、一体何故なのでしょうか?

話したくないからなのか?、わざわざ話す必要がないからなのか?、言ったら偏見を持たれるから嫌なのか?軽い病気で済んでいるからなのか?理由はわかりません。

いずれにしても、他の病気と比べて非常にわかりにくい病気だからこそ、他の人の体験談を知りたくなるはずですが、ネットで検索してみても、自身の体験談を綴った本や、当事者の体験談を知る機会が、意外に少ないように感じます。私は自分自身が「体験談をもっと話してくれる人がいたらいいのに」、と感じた問題意識を、自分自身で形にして誰かの力になれたらと思い、こうしてブログに綴っています。

 

そんな理由で今、私は「こころの病気である自分をオープンに」というように自身の体験談を書いているわけですが、次に私自身が具体的にどういう心境だったのか?もっと振り返ってみたいと思います。

 

私の体調が悪化したのが2年前。発症当初、自分の病気が一体何なのか?がよくわからず、心療内科の医師が書いたサイトやキュレーションサイトなどから、病名やその原因や対処方法を調べては「一体どうしたらいいものか?」と途方にくれる毎日でした。(その当時は自分は軽いパニック障害にかかったものだと医師の診断を通じて知りました。)

そして、しばらくしてから病院に通い始め、自身の病気や治療方法がわかってくると少し安心はしたものの、特に抗うつ薬の副作用はひどく、風邪の治療のようになかなか治らない。。。「一体どうやって、この困難を乗り越えていったら良いのだろうか?どれくらいしたら治るのだろうか?本当に治るの?」と再び途方に暮れることに。。。その後、私の病名が身体表現性障害であると、大きな病院に移ってから知ったのですが、医師から「この障害は慢性疾患になる確率が高いから覚悟した方がいい」と言われ、実際に薬を飲んでも体調が回復せず、なかなか治らないのがわかってきたため、「この病気に一体どう付き合っていったら良いのか?」「どうしたら、”こころの”負のスパイラルから抜け出せられるのか?」に悩む毎日へ。。。

昨年休職中の時、図書館に通い始めた当初、毎日のようにこころの病気に関する医師が書いた本を読んでいて、少しでも解決策を見つけ出したいと悩みながら、来る日も来る日も一日中調べ続けて、気がつくと100冊くらいは本を読んでいました。(この時点で当時は普通じゃなかったんでしょうね)

「こころの病い」って、私も経験してわかりましたが、人によって症状が多種多様で、しかも病名もあいまいだったり変化したりするので、例えば病名や原因がわかったとしても投薬治療だけでは簡単には解決できません。病気になって早めに療養しないとなおさら長引きます。また必ずカウンセリングなどの対面療法も必要だし、自分自身で認知の”くせ”を治すための認知療法も必要、なおかつ本人自身の努力や「治りたい」という気持ち(意志)も必要で、治療は難しく大変です。会社の心理カウンセラーの方にはいろいろ相談にのってもらったり、病院の先生にも診断をたくさんしてもらいました。もちろん、適切なアドバイスや処方箋をもらって治療の効果はありましたが、今でも私はこの困難から完全に抜け出せていません。となると、またもや「これからはどうしたらいいの?」と考えてしまいました。

 

こういう時に知りたかったのは、他の人の体験談。もちろん症状や原因、病気に至るまでの背景は人それぞれですがら具体的にどうやって困難を克服していったのか?どういう想いをしたのか?など、当事者にしかわからない生の声が知りたくなるわけです。同じ悩みを共有できて共感できる、同じ障害の体験者の話は非常に貴重だと思うし、今でもまだ障害と闘っているわけなので、まだまだ知りたい気持ちは変わりません。

ただ、残念ながら前述の通り、”こころの病気”の経験者で、仲間や体験談を語って励ましてくれる経験者の方はなかなかいないんですよね。。

個人的な印象だと、世間の目はまだまだ「こころの病い」に対する理解度が低くて、色モノ扱いされかねないので、”こころの病気”になったことを恥ずかしくて言えない、世間体みたいなものを気にしてなかなか話せない、世の中に自分の病気をオープンにしない(クローズ)人が多いように思います。日本の今の社会では、なかなか自分の病気をオープンにすることはまだまだ難しく、オープンにできる人はまだまだ少なく、クローズにしている人がほとんどです。

だから”こころの病気”にも、心療内科の先生や心理カウンセラーによる診断で終わるだけではなくて、同じような境遇で苦しみながら乗り越えてきた経験者がオープンに体験談を話してくれたり、勇気付けてくれる人たちがもっといてくれるいいし、”こころの病気”が偏見を持たれずに、経験者が普通にオープンに話しをできるような環境やコミュニティがあると、もっとこころの病気って治せる病気になるんじゃないか?とつくづく思います。

 

   冒頭にも書きましたが、私がこのブログを書いている原動力の一つはまさにそれです。”こころの病気”に苦しんでいる人が、この私のブログサイトに偶然でもいいから巡り合ってくれて、わたしが「こころの病い」に負けないようにくじけながらも立ち上がろう!と頑張る気持ちだったり、内心感じている「苦しみ」だったりを、オープンに全てさらけ出すことで、私と同じように「こころの病い」に苦しんでいる方々に、少しでも共感をしてもらったり、勇気をもらったり、元気になってくれたら、私自身もどんなに嬉しいことか。

また、私は特別に見返りとかは何も期待してはいません。あえていうなら、こういう活動で自分が小さな「社会貢献」ができて、自分の生きている証を残したいだけ。

私はこの病気に関しては苦しみをわかる一人の「人間」として、同じ病気に苦しむ人の人生に少しでもいいから手を差し伸べてあげたいし、私と一緒に困難を乗り越えていきたい。人の力になることが私の病気を治す一つの鍵なんじゃないかな?と私は考えています。

 

もちろん、長期間に渡ってこころの病気と闘いながら、そんな自分をオープンにしてゆくことは決して楽ではありません。私にしても、時々体調が悪くなってしまうと、ネガティヴな自分を晒すことに引け目を感じてしまうこともあるし、自分にとっても余計なプレッシャーになりかねませんが、私にとっては、このブログがいい意味で、「コーピング(”楽しみ”によって症状を忘れる対処療法)」になっているので、ブログに書きながら自分を鼓舞してゆきたいと思います。

 

また、他にも勇気を持って自分の病気をオープンにする人が少しでも増えて、自分の経験談を話したり、苦しみを理解してあげられたり、同じ経験者としての助言を是非してあげて欲しいですし、私自身もこの活動はこれからもずっと続けてゆきたいと思っています。

 

  ところで、私の周りには一人だけ、自身の統合失調症をオープンにしている大学の後輩がいます。彼は学生の頃から長期間にわたって病気に苦しみ、今も闘いながらも、大学で自身の病気について体験談を講義をしたり、心理カウンセラーの資格や社会保険労務士の資格をとって、大学で講義をしたり苦しんでいる人達を支えようと頑張っています。

彼自身も闘病中なので、当然今でも大変な時や苦しみはあるようです。時々彼と食事をしていますが、前を向いて頑張っている彼の姿を見るだけでも私はすごく勇気をもらっています。彼も私がオープンにしてゆきたいことには賛同してくれています。また彼が助言してくれることは、病気は少し違えど「当事者」であるからこその説得力がありますし、医師やカウンセラーにはない、「勇気」や「やる気」を起こさせてくれます。

わたしもそんな後輩の彼に負けないように、自分の病気をオープンにして励ましができるように、前進を諦めず、歩いていきたいと思うし、私と同じように励まし合えるようなオープンな環境ができたらいいな、と思います。

 

  最近の私は、以前よりも体調もよくなってきました。まだ多少遅刻はあるものの、会社の同僚からも「顔色が良くなったよね」といってもらえるようになってきました。正直本人は変わったつもりはありませんが、回りの人からの評価は大切ですし、周りから認めてもらえたことで大きな自信になります。

  朝はまだまだ普通に起きられないので、寛解(かんかい、=症状がない状態)までは、もうしばらくかかりそうです。でも、自分のことを「オープン」にしながら、元気になる過程をこのブログに書いて示せるように日々を一生懸命に、楽しく生きてゆきたいと思います。

 少しでも多くの人が自身の「こころの病気をオープンに」して、こころの病気に対する誤解や変な先入観がなくなるような世の中に変わっていったらいいですね。

 

やはり人は励まし合うからこそ「人」、人生一度きりですからね。恥ずかしがらずオープンにいきましょう。

 

You Only Live Once.

 

 

 

副業を考える時代へ(後編)

こんにちは。

前回、「副業」について、何故副業をやるのか?、将来の新しい「働き方」について書きましたが、今回は後編、どんな副業をしたらいいか?について書きたいと思います。

 

  まず、共通認識しておかなければならないこと。それは、今インターネットによる情報革命に続く、新しいテクノロジーによる次の産業革命第四次産業革命)が起きつつあるということ。(特にビジネスマンならよくご存知かと思いますが)

  IoT(Internet of thing)で家電や時計、服といった「モノ」がインターネットとつながって探知した情報を自動的にスマホやネット通販などとつながって生活が飛躍的に便利になったり、或いはAI(Artificial Intelligence , 人工知能)が「学ぶ」チカラを持ったコンピュータが人間に変わってホワイトカラーの仕事まで劇的に早くやれるようになったり、ICT技術によって人間の仕事が代替されてきて人間の「働き方」自体が大きく変わる、と将来に間違いなく訪れる。今はその過渡期に入り始めています。

そもそもスマホにしても、今でこそみんな当たり前のように使っていますが、iPhoneが誕生してからまだ10年だけの話。Facebook にしたってまだ13年。まだまだ新しいテクノロジーは開発され進化してゆくはずです。

また、前編でも少し話しましたが、

昨今はDtoC(Direct to Customer)の時代へ。今までは仲介業者(企業、店舗、場所)を介さないとできなかったことが、誰でも顧客と直接ネットで繋がるようになってきたり。(メルカリやジモティがいい例です。)言い換えると、アイデアさえあれば、誰でも気軽に個人ビジネスができる環境へ大きく変化しています。

「会社が副業禁止だからできない」なんて言っていると、時代から取り残されて給料は減るばかり、という将来がもう目の前までやってきています。

だから今こそ副業を考えるタイミングなんです。

 

さあ、副業をやってみよう!ということで、今日はどんな副業をしたらいいか?について。

 

  まず副業の儲ける方法、皆さんがやりたいビジネスは十人十色、はっきり言って答えなんてありません。本業の仕事と一緒です。ただ副業をするにあたってまず大切なこと。一番大切な基本スタンスですが、私は以下の通りに考えています。

 【副業の基本スタンス】

1.本業とは分けて考える

・本業に影響を与えたり会社に迷惑をかけるような副業はしない。本業のスキルは活かしても本業と違うことをやるからこそ本業にもいい影響が出てくる

(本業あっての副業です)

2.自分の「やりたいこと」で儲ける

・基本的に本業のスキマでやる仕事だが、時には週末まで潰すようなことだってあります。だからあくまで「楽しみ」でやるのが大切。「お金」だけの為に働かないことこそ、副業が長続きする秘訣。

 3.スキマ時間でできるように時間コントロールする

・副業はあくまで本業のスキマでやる仕事。時間コントロールできるような仕事の仕組みにしておくように意識すること。本業に支障が出ない程度でやりましょう。

 

まずはこれを忘れずに。

   次に副業禁止されている会社員の方へ、「副業禁止」が足枷になっていて副業をやらない人が多いのでは?と思いますが、私は、やり方や考え方でどうにでもなるんじゃないかと思います。

例えば、

1.匿名でできる仕事をやる

・最近のネットアプリは大抵が匿名でできます。例えば、お手軽クラウドワーキングアプリの「ココナラ」。   似顔絵描き〜服のコーディネイトのアドバイスなど、自分のスキルを気軽に匿名で売れます。(専門職能や趣味を極めている人向け)

2.年収20万以下なら確定申告不要

・会社にバレるきっかけは副業収入を確定申告した結果、住民税金額が変わるから。でも年収20万以下なら確定申告不要なので、この範囲内ならバレることはありません。働ける家族がいる人は家族にも働いてもらいましょう。(法律は厳守しないとダメですよ)

3.副業の準備期間として「無償でやる」

・教師やコーチ、トレーナーみたいな経験の必要な仕事をやる場合、副業でいきなりうまくできない人も多いと思います。だからお金を取れるサービスを提供できるまで副業の準備期間として割り切って「無償でやる」というのも手です。経験が身についた頃には世の中は副業容認する時代になるはずです。(もし無償が嫌であれば、収入ではなくて「交通費、場所代、飯代」をご馳走してもらうとか。ただグレーゾーンなので自己責任でどうぞ)

あと、NPO法人非営利団体)とまではいきませんが、「社会貢献」なんてことも手の一つ。最近ならクラウドファンディングでお金を集めて地域や障害者のための慈善活動をすることもできるし、地域に貢献しながらビジネスを探していつかNPO法人を立ち上げるとか、なんて考えるのも一つの手段だと思います。

(例えば、中学校の部活動コーチは将来NPO法人の副業会社員達が代わりを担うことで、教師の長時間労働問題を解決できるんじゃないか?と思います)

 

という訳で、まずはなんでもいいから、しばらくはうまく稼げなくてもいいから、副業にチャレンジしてみることが大切です。私もそういう気持ちで挑戦し始めています。

 

そしていざやってみると、スキマ時間お金を稼ぐのはなかなか簡単じゃないことに気づかせてくれます。やり始めると改めて感じる、商売の鉄則。

1.「自分」の売り(商品やサービス)

2.  実行力と情報発信力

3.顧客(ファン)を掴む

これこそが一番の肝なんですが、大企業で会社の「看板」でメシを食ってきた会社員や、営業経験がなかった人、専門職能を持ってなかった人には一番大変なところ。

それに、自分が競合する人なんて山ほどいるので、一歩踏み出せなくなる人もいるはず。でもそれは仕方ないのだから、大切なことはとにかく真摯に一生懸命にお客様のためにやる。地域で一番になるとか、自分の「売り」を磨くとか、しばらく経験積むまで安くする、とか、できることなんて沢山ある。

副業がうまくいく、いかないは別として、こういうことを楽しみながら副業を楽しめないと、副業なんてうまくいきません。だから過程を楽しみましょう。

それに、副業で試行錯誤することが自分の心に起業家精神を生み、経営者マインドを自分に気づかせてくれて、本業に生きてくるのではないのか、と思います。

箇条書きですが、今自分なりに考えている副業キーフレイズを私自身も忘れないように列記しておきます。(これだけ書いているのだから、「結果にコミット」していきますよ)

 

【副業の鉄則】

○好きなことを副業にする(何でもいい)

○顧客(ファン)を創る、ニーズを見つける

○難しく考えずまず実行、小さくやりながら修正する(バイト感覚で気楽に)

○まずは小さく成功することから

○失敗を恐れない、前を向く。実行が全て。

○「自分」を売る、「自分の強み」を売る

 ○2つ目の名刺(芸名)で違う自分を演出する

○自分ブランド作り、情報発信すること

○「儲ける」=人(顧客)の役に立つこと

◯安売りし過ぎない、市場を知る

○副業で稼ぐ「お金」よりも過程の「学び」が大切。本業にも生きる。(絶対に損はない)

◯副業を「楽しむ」、趣味やゲーム感覚で飲み代稼ぎのつもりで。

 

最後に、副業をやり始めると、「うまくいったら

副業→本業(独立起業)へ」と考える人が出てくると思いますが、個人的にはお勧めしませんし、私はそこまでやるつもりはありません。

何故なら

1)本気で脱サラ起業している人には、片手間では勝てっこない(そんなに簡単に稼げない)

2)既に自分に顧客がいて違うものを提供するだけの状況にある、あるいは高く売れて需要の高い自分の「売り」を持っていない限り、独立起業はすぐにうまくはいかない(=だから私は副業で十分)。

3)本業で、年商1000万=時給5000円の仕事を毎年コンスタントにとれる自信がありますか?

年商1000万÷一年の労働時間( 240日/年× 8h/日)

=時給5000円の仕事が必要。

 

ちなみに、NPO法人にしても日本ではそれだけで十分に稼げるビジネスになっていないのが現状です。(年商200〜300万程度が多い)

でも、NPO法人こそ副業に認められたら、週末に社会貢献を志す大企業のエリート会社員達が劇的に増えて社会が良くなるでしょうね。そんなことを日々考えながら副業にチャレンジする生活、結構楽しいですよ。人生を変えるきっかけにもなると思います。

 

以上、つらつらと二回に分けて、私が考えている副業について書いてきましたが、もしこれを読んでくれて共感してくれる人がいたら幸いです。

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時代に取り残されないためにも。

人生は一度きり。。

You Only Live Once.

 

 

 

 

 

 

病イニモマケナイ 〜「やりたいこと」をやって克服する〜

こんにちは。

前回副業の話(前編)を書きましたが、今回は私の闘病生活が本格化して二年が経ったこともあり、ちょっと振り返りで自分のカラダのことについて書こうと思います。

 

  思い起こせば二年前。10日強の長い夏期休暇の時、仕事でトラブルがあって仕事のことが気になり始めたからか、突然不安障害の症状がおきたのが始まりです。身体が言うことをきかなくなって、震えと動悸となんとも言えないこころのざわつき感で苦しくなり、慌てて近くの心療内科に行くことに。。。当時はまだ軽いパニック障害だと言われていましたが、自分のカラダがコントロールできないような感覚で「これはマズいな」と焦るような気持ちになったのを今でも鮮明に覚えています。

 

  2年経った現在、やっと朝から普通に働けるレベルまで何とか回復してきた感じです。でも、今でも朝起きた時は多少の震えもあるし、抗不安薬を飲んで震えがなくなってから出社するような状況なので、まだまだ闘病生活は続いています。なかなか一筋縄ではいきませんね。。それに、昨年休職後から現在に至るまで、順調に回復してきたわけでもなく、以前にもブログで書きましたが、週末にも体調がわるくなったり、三歩進んで二歩下がる日々をここ半年あまりずっと続けてきました。

 

  例えば、つい三ヶ月ほど前にも、ピンチな事態が訪れたことが。

休職から復帰してしばらく経ったものの、体調が思わしくなく、週に一度くらいまた2,3時間遅刻したり状況が思わしくなかったため、人事にはキャリアをリセットすることなく、関連部署への環境変化をするようながことできないか?と、相談を持ちかけました。

ところが人事担当者から帰ってきた回答は、「あなたの年齢では部署変えは難しい」「今の部署でやってもらうか、それ以外の選択肢(会社を辞める)を考えるしかない」との言葉。相談にまともに乗ってくれることもなく、逆に私の体調が悪いことを理由に、職務グレードダウンの話をチラつかせてきました。そして常套文句が「あなたの身体のことが一番心配です」と。

  あの時、私は穏やかに大人の対応をしたものの、あまりに偽善的で非情な人事担当者の対応に、内心非常な憤りを感じたのを覚えています。ただ、大企業の人事のやることなんて、所詮そんなもんですよね。私の年齢やキャリアを考えると甘くはないのは重々承知してはいますが、そもそも過度な仕事の負担で体調を崩したのに、カラダが治らずパフォーマンスが出せないなら「駄目」の烙印を押されてしまうような、まぁ社員ひとりひとりのことをせいぜい駒(兵隊)程度の扱いでしか考えていないんだろうなぁ、と私は感じざるをえませんました。人事からしてみたら「休職開けてもダメなのならまぁ仕方ない、しばらく様子見てからそれなりの処遇にしておくしかないか」くらいなもんでしょう。

  ただ私はもう後がない状況。でも家族を支える責任があるからたまったもんじゃありません、ここで簡単に引き下がるわけにいきません。幸い、私はまだ症状がそこまで酷くなかったので、「ここで負けてたまるか、絶対に屈したくない」と急に闘志が湧き上がってきました。

 

とはいえ、 私の病気はカラダとこころが一致しない(気持ちがあってもカラダが言うことをきかない)身体表現性障害。負けん気だけで簡単に治るわけもありません。

ここで私が考えたのは、

「やらなければならないこと」をやるよりも「やりたいことをやろう」ということ。

 

もちろん会社から求められる仕事はちゃんとこなしますが、それよりも今の仕事を自分のやりたい方向にもっていくこと。楽しい方向にもっていきながら、成果を出して会社を驚かしてやろう、と決心しました。

  実は、休職時に図書館に通って以来、たくさん本を読む習慣が戻っていたおかげで、自分の頭の中に新しい仕事のアイデアや、「こんなことをやったら仕事の生産性が劇的に上がるんじゃないか?」という構想はたくさん浮かんできています。今は産業が変わる転換期だからビジネスチャンスや変革を起こすチャンスだと私は考えています。

たぶん日々の仕事に追われている上司には「ホントにそんなことできるの?」と思われることかもしれないですが、これからの自分の「仕事の楽しみ」としてそれを具体的に形にすること、それによって仕事にストレスを感じない働き方にしたい!と思っていろいろ動きはじめました。

  今の仕事は、優先順位をつけて生産性を上げてさっさと片付ける、そして時間を作って「やりたいこと」に取り組む。「やりたいこと」を公言してみんなに少しずつでも認知してもらいながら、回りの人を巻き込んでどんどん自分の「やりたい仕事を創る」ことを強くイメージする。

こころの病の治療法のひとつに「コーピング」(*)というのがありますが、私なりの今の対処方はまさにそれです。これを強く意識し始めてから、何だか気が楽になって、こころなしか体調が少しずつ良好に向かってきたような気がします。

*コーピング(Coping)・・・正しくはストレスコーピング。心療医学の認知療法の一つで、ストレス反応の発生を抑えたり、低減する、ストレス対処行動。

http://www.iryo.co.jp/ninchi/coping.php?TB_iframe=true&width=700&height=600

 

  もちろん、今は新しいことに取組み始めたばかりなので正直うまくいくかは分かりませんが、自分のカラダにはいいし、幸い上司にも私の野望とも言える挑戦に賛同してもらったこともあり、最近仕事がまた楽しく感じてきています。

今までは「・・・しなければならない」とか「・・までに・・・すべき」という仕事の期限と責任ばかりに縛られていましたが、それから解放されて「やりたいこと」で飯が食えるような気持ちで仕事に取り組んでいます。(でも、気張りすぎず頑張りすぎず、カラダを大切に・・・ですけどね)

 

 人生一度きりだから「やりたいこと」をやって病を克服したい。。

You Only Live Once.

 

 

副業を考える時代へ (前編)

おはようございます。

今日も会社ですが、私は朝の通勤に湧き出てくるインスピレーションを大切にしているので、今日はスキマ時間に頑張ってできら、できるだけ書いちゃおうと思います。(でも出来上がるのはきっと夜になりますが)

 

今日は「副業」について。深いテーマなので、前後編の二回に分けて書いてみたいと思います。

最近は皆さんもご存知と思いますが、メルカリやミンネ(手作り品販売)、クラウドワークス(Webデザイナーや家庭教師等のWeb求人)などなど、わざわざ人材会社や店舗、代行業者を通さなくてダイレクトに顧客とアクセスでき、誰でも手軽に商売ができる時代になりました。

   例えば、私も最近超ハマっている、ご存知メルカリ(ネットフリマの超人気アプリ)。要らなくなった本や着れなくなった子供服、タンスの肥やしになっている不用品を簡単にネットで売りたい値段で出店できちゃう。今迄だったら古本屋にわざわざ運ばなきゃいけなかったし、家で不用になったものの処理にこまったのが、今だったらメルカリを使えば、写真撮って自分で売りたい値段つけてアップするだけで勝手に売れてしまう。しかも発送も簡単で例えばA4サイズならコンビニに持っていけば、QRコードで安くて簡単に送れる便利な世の中になりました。もちろん、副業が手軽になって来たのはICT(*)の技術革新があってからこそ。ただでさえ残業代がもらえない、給料は上がらない時代だからこそ、会社に支障のない範囲のスキマ時間にすぐに副業して飲み代くらいは稼ぎたいくらいです。

*ICT = Information & Communication Technology、昔はITだけでしたが、最近はC(コミュニケーション)がつくのが一般的になってます

 

  ところで、私が副業について意識したのは、もちろん時代の流れもあるのですが、実は一番の理由は自分の「こころの病い」がきっかけ。もう少し詳しく言うと、病気になってから、給料が上がらなくなるんじゃないか?という怖さを感じたり、さらには体調不良で休職中の時「最悪給料が減るようなことが起きるかもしれない」と危機感を感じたからです。

  父親ならみんな「家庭を支え続けなければならない使命」と「サラリーマン(会社員)という見えない鎖に縛られながら働き続けなければならない」という責任があると思います。ただ、私は今まで苦労はありながらもそこそこ失敗なくやってきたこともあり、発症当時、キャリアアップがうまくいかない時に感じた将来への漠然とした閉塞感が、積もり積もって不安感になってしまい、無意識のうちに自分の「こころ」を蝕んでしまいました。

特に私のようにストレスに苦しんだサラリーマンって、気がついたらすごく近視眼的になってしまって、「今の会社のキャリアアップのレールから外れてしまう=人生の大きな失敗を犯した」などというおかしな心境になってしまうのかもしれません。だから、もっと広い視野でサラリーマン以外の選択肢として、「副業」というリスクヘッジをできるような自分を創り上げることで、「いざというときでも何とかなるんだ」、ということになるわけです。

(我ながらすごいディフェンシブな発想です^^;)

 

ただ、「副業を頑張ろう!」と言っても、たいていのサラリーマンは、会社の就業規則で副業禁止になっているので、実際のところはどんなにバレずにやってもせいぜい年収20万までが限界です(それ以上やったら確定申告が必要になるので、税務署経由で会社にバレてしまいます)。それでも、少ない稼ぎでも実際に副業をやってみると、「いかにサラリーマンは会社の看板や敷かれたレールの上だけで仕事をしているか」を実感したり、「顧客を獲得すること」の難しさにきづいたり、あるいは自分の商品やサービスが売れた時の何とも言えない喜びだったり(どんなに小さな金額でも嬉しいもの!)、会社で稼いできた売上げとはの全く違う、新しい発見がきっとあると思います。  

ちなみに私の場合は、前述の通りの心理状態にあったからか、「サラリーマン」という見えない呪縛から久しぶりに解放されたような、不思議な錯覚を覚えました。稼いだお金は小さくても、副業から得られた達成感が、私の「こころの病い」の治療につながるだろうと信じてやっています。(もしそうなったら願ったりかなったりです)

 ただ一方でやはり、「自分」という看板だけで飯を食うことも痛感できるので、それはそれで違った刺激になり、それかま新しい起業家精神につながるわけです。(稼いでいる個人事業主ではすごいな、と最近つくづく感じます)

 

私が思う副業のメリットを書き出すと、

◯自分の時給がいくらなのか?いくらの価値を提供できるか?市場価値を知れる

○仕事に対する視野を広くしてくれる

(例えば、サラリーマンでも起業家精神を持てる、0→1(創造)力が鍛えられる)

◯顧客作りの大切さを痛感する(=儲ける力がつく)

◯どんな仕事にも競合がいる、だから他の人にない自分の経験や売りが何か?を考えるようになる
○ストレス発散(趣味)になる

◯社外の人脈が広がる
○将来の起業するための、いい経験(訓練)になる

(起業するには、それなりの覚悟と執着心、知恵と金が必要、しかもハイリスクハイリターンだからこそ、まずは副業で試してみるべき)

 

 副業は単純に金儲けの為だけではなく、もっと広い視野でメリットを考えるだけでも、やってみる価値はあると思います。私は成果らしい成果を出しているわけじゃないので、あんまり偉そうなことは言えないのですが(笑)、副業を考え始めたことで、社内に閉じこもって気づかなかったことが見えてきたり、商売を真剣に考えるようになったり、と本業でも頑張るきっかけになるはずです。

 

という訳で、副業を何故やるのか?について書いてきましたが、最後に言いたいこと。

(ここ重要です。最近本をたくさん読んでいて、頭に浮かんでくることです)

 

私は、近い将来会社員でも副業が普通に容認されるような時代が必ず来る、と確信しています。

安倍内閣でも労働者の「働き方改革」のテーマのひとつに「副業」を入れていますし、そういう背景や理由があります。それは、

【今の経済環境からみた背景】

◯ 日本の労働人口が確実に不足して来ており、政府は経済を停滞させないためにも、女性の労働環境整備だけでなく、多様な労働力創出に対して手を打つ必要がある

◯ 会社員の長時間労働の問題が取り沙汰されているため、残業を抑制しなければならないのだが、残業代がなくなると会社員は収入減になり、経済的にも家計的にも厳しい状況である

◯次世代テクノロジーでD to C(Direct to Customer、消費者直結型のビジネス)やシェアサービス型ビジネスが主流になってきていて、個人がビジネスできる土壌が整いつつある

 

【会社が容認すべき理由】

◯ 会社が社員のモチベーションを維持するには、もはや多様な働き方を認めないと優秀な人材が流出する時代になってきている(特に今の20代の優秀な人材は、大企業に就職せず、あるいは数年勤めたのち、次世代テクノロジーを利用したネットビジネス起業やNPO法人など、イノベーティブなビジネスへチャレンジする新しい潮流になっている(今は正に時代の転換期))

 

◯ 国内の経済成長がなく昇給が難しい中、経営者は社員に対して「もっと頑張って仕事したら給料が良くなるよ」という甘言をささやくことで、彼らのモチベーションを維持することがもはや難しい

成果主義の時代が成り立たない)。だから、新しい働き方を認める必要がある。何故なら社員だって稼げない以上、どっちみち隠れて副業する人は出るのが目に見えている。(その方が経済的にもいい)

 

◯ 新しい「働き方」への転換期、職業に対する新しいモチベーションや雇用形態へ

これからのあるべき新しい働き方は、従来のような、「社員は会社に属し、一方で会社は社員を雇い育て管理する」ような雇用形態ではなく、「会社はそれぞれの役割を持った人が集まる「場」になり、社員はそれぞれが自律性を持ちながら、プロフェッショナルに(専門性を持って)働く」ような形態へ変わる。働く人は会社に雇われても必ずしも会社に縛られず、自分の好きなことや得意なことを考えて、会社に貢献できる場を見つけてそこに属してゆく。一つの会社ではなく、複数の仕事から新しいモチベーションを見出して社会に貢献してゆく。 「副業」という概念以上に、もっと柔軟でネットワーク化された、いわばプロジェクトベースの仕事のやり方だったり、今までになかったような自由な仕事のやり方が今後出現する。

 

少々わかりにくいと思うので具体例でいうと、例えば、

平日はネットベンチャー定時が決まっていない裁量労働で働きながら、一方でNPO法人を別の仲間たちと立ち上げて、クラウドファンドでお金を集めて社会貢献ビジネスをし、またちょっとしたスキマ時間を利用して、ブログのアフィリエイト収入だったりやUber(民間タクシー的なサービス)やメルカリ、ココナラ(クラウドワーキング)でモノやスキル、自分の時間を切り売りしてゆく。ひとつの会社から40万稼ぐというよりも、複数の仕事で合計40万というように、創造性と自律性、専門性の高さがが問われる難しさはありながらも、自由とチャンスはなくならない、そんな斬新な働き方が成り立つ社会へ。。

 

   最後の部分は、我ながらやや飛躍してしまった感はありますが、10年後には「副業」という考えが当たり前の時代になるといいなぁと思いますし、願っています。

とは言っても、まだ少し先の話だと思うので、まずはサラリーマンでも副業が認められる時を信じつつ。。。とりあえず今から準備した方が得だし楽しいかな、と。

話はまだ続き、次回後編へ。

次は具体的に何をするか?について考えたいと思います。

 

You Only Live Once

 

 

困難を乗り越えたときこそ人は成長する

こんにちは。今年は冷夏で最近は涼しい毎日で過ごしやすい半面、何だか夏らしさがなくて何だか物足りなくなってきましたね(ついこの前までは暑かったのに)。今週も雨が多くて折畳み傘が手放せないし、ジメジメした昼になったり。。

やっぱり夏は暑くて汗をかくからこそ夏。暑さを「感じる」からこそアイスクリームが売れたりするし、冷房グッズが売れたり経済効果がある。私の仕事も人の「感じる」ことに訴えかける商売の一つなのでよくおもいますが、改めて人の心(感覚)や感情って、とても大切なことですね。

 

さてさて本題に入って、今日のテーマは「困難を乗り越えたときこそ人は成長する」ことについて。

今日は久しぶりに去年の自分を振り返りたいと思います。

私自身は、最近だいぶ体調が回復してきて、朝起きてもようやく不安障害の症状(震えや動悸、なんとも言えない不安感、ドキドキ感)が出なくなり会社にもやっと定時で通えるようになってきましたが、ここに来るまでを振り返ると昨年休職してから一年もかかりました。昨年の夏は、「こころの病気」に苦しんでいた時期で(当時は「身体表現性障害」とは言われず「軽いパニック障害」と近くの町医者に言われてましたが)、原因もよくわからない体調の悪さと朝に起きられない毎日に苦しみ、会社にも行けず一番辛かった時期でした。

薬の副作用もひどくなって休職を自身で判断したのがちょうど昨年の今頃。気持ちに落ち込みはなかったのですが、自分の身体がコントロール出来なくなり、「これはもう、一度全部リセットしないとダメになりそうだな」というように感じて自ら産業医へ申告。まだ幸いなのは判断を自分で下せる冷静さと精神状態であったこと。まだ人生は自分でコントロールから何とかなると思っていましたが、不思議なことに何故か町医者には「うつ病」と診断されることに。。(町の心療内科医は、こんな私を「うつ病」と診断するなんて、所詮この程度のレベルなのかな、と感じざるを得ませんでした) 

  その後、結局9月から12月まで4ヶ月間休職したのですが、休職中の頃は、当時、社会人になって初めての自由な時間ができて一日中自由に過ごせる半面、目標も予定も何もない空白の時間だけが続く毎日。こんな経験は生まれて初めてだったので、楽ながらもしばらくの間は何ともつらい途方に暮れた日々を過ごすことに。。

  例えば、街なかで楽しそうにしている人たちを目のあたりにした時に「なんで俺だけこんな状況なんだろう・・・」なんて、人生で初めて変な劣等感と社会からの疎外感を感じたり、あるいは、失業者などのいわゆる社会的弱者に陥ってしまっている人の置かれている状況(彼らの気持ちや生活)が見えてきたり。
  また、休職中とはいえ、全て自由という訳ではなく、あくまで職場復帰するためのリハビリ期間であるのが前提で、「生活記録表」をつけることで、復職するためには「規則正しい生活を毎日送ってますよ」、と会社に報告できるようにならなければなりません。だから、例えるなら自由でありながらも、何だか会社に首輪をつけられているような存在。(まあ、給料貰ってるんだから仕方ありませんが)
  さらに厄介なことはお金。給料はもらっているので貧乏ではないものの家計費はいるし、 お金に余裕があれば良かったのですが、運悪く貯金が減っていた悪いタイミングで、当然ながら旅行したり、思い切った気分転換をできるだけの十分な余裕資金なんてなし。せいぜい趣味のスポーツくらいはできましたが、お金もたくさん使えない私は、毎日図書館通いの生活をすることに。。
よくメンタル疾患の人は図書館通いするとは聞いたことがあったのですが、いざ図書館通いの生活がはじまると「ああ、こういうことだったのか」と、これでやっと理解できました。
そして、地元の図書館だと知り合いに会いそうなので人目を気にして隣町の図書館へ行き、しかも子供や近隣住民にも不審に思われない様に朝8時過ぎには家を出て、毎日人の目を気にしながら自問自答のツライ日々を送りはじめました。
こんな精神状態で毎日図書館通いするもんだから、最初の頃は来る日も来る日も「こころ」の病気に関する本を読んでは、「どうしてこんな病気になったんだろう?」と疑問に思い悩み続けたのをよく覚えてます。自分なりには、こういうのが困難だと感じた瞬間でした。

ただ、いい意味で幸いだったのは私が読書好きだったこと。以前から仕事に悩んだ時や壁にぶつかった時にはよく本を読んでは自分なりの解決策、打開策や答えのヒントを探したりしていたので、その時のように、毎日来る日も来る日も読書をしたり、自己分析や今考えていることをひたすら紙に書いて頭の中を整理しました。するとそうしているうちにだんだん病気の原因だったり、どうしたら良いか?どうこれから生きて行くべきか?ここ数年間見えていなかった自分の道が見えてきました。

 そして、実は病気になるしばらく前から、仕事のことを考えたくなくて、ずっと自己啓発本から何となく逃げ続けていたのですが、ふとした瞬間から自己啓発本が読みたくなってきて、少しずつ少しずつ前を向いて、将来の自分の可能性や希望に向き合えるようになってきました。

   

あの当時、四ヶ月で読んだ本は300冊はくだらなかったと思います。そして、復職後の目標ややりたいこと、実現したいこと、将来の生き方の計画、また自分なりの働き方の変え方など、いろいろなアイデアが溢れ出てきました。「今は体調は良くないし、治るまでには時間はかかる。それに他の人よりも仕事人としては随分と遠回りしているのだろうけど、今は我慢の時。諦めなければ必ずチャンスはやって来る」。そう思い信じながら、近所の隅田川のほとりの喫茶店でコーヒーを飲んでいた気がします。

 

そして今の自分。

多分他の人から見たら、昨年の自分とは、まだ表面的には変わらないように見えるかもしれませんが、内面の自分はいろいろな意味で成長してきた、と実感しています。また、今年に入って密かに地道に行動を起こし、小さいながらも成果を出したり、一歩ずつ前進しています。

   身体表現性障害という「こころの病気」という困難にぶつかり、人生の先が見えない恐怖を感じながらも、自分なりにもがき続け、正直まだ治ったかもわかりませんし、まだ乗り越えたとは言えないかもしれませんが、自分なりには、こころの持ち方や生き方の考え方、働き方、そして仕事人として今後やり遂げたいことなどがだいぶ明確になってきた点で、自分なりには大きく成長してきた感じる。

  きっと困難にぶつからなかったら、こんなヤル気は起きなかったかもしれないし、ある意味崖っ淵に立たされたからこそ、自分を変えることができたと思う。あとは健康管理をきちんと継続しながら実行あるのみ。

でもまぁ焦らず無理せず、でも楽しく着実に一歩ずつ。。。

 

何故なら人生は一度きりだから。

You Only Live Once.

 

 

「個性」を認める

毎日暑い夏が続いて少々バテ気味です〜。

 

今日は、自分が心の障害を持って初めてわかったこと、「個性」を認めること、について。

「個性」っていうと、普通は凄くポジティブなイメージがあって、優しいだとか、クールだとか、ひょうきんだとか、明るく前向きだとか、なんか人それぞれの「特長(言い換えると”良い所”)」、目立って素晴らしい点や性格、人間性ばかりを思ってしまいがちです。

 

   私自身も以前はそういうタイプの人だったんですが、自分がここ二、三年、こういう心の病いになってみて初めて、発達障害を持った子や私とは違いますが精神疾患を患っている人も実は、それぞれみんなひとつの立派な「個性」なんだなぁと、この歳になって初めて気づきました。(お恥ずかしながら)

 

例えば、私は普段子供達のサッカーコーチをしているのですが、いわゆる「とにかく少し変わった性格の子」や「人と馴染めない人」、「話をきちんと聞けない子」、「すごくネガティブに考えてしまう子」がいます。以前も多動性発達障害(*)がいたり、「自分のことをきちんと伝えられない子」がいます。

*多動性発達障害:https://ja.m.wikipedia.org/wiki/注意欠陥・多動性障害

 

大人でも、全く社交的になれず、一緒にいるのに一言も話をしないひととか、ここ二、三年でも何人も見てきました。

あなたの周りにも、周りを見回すと数人くらいはそういう人がきっといるんじゃないか?と思いますが、そういう人をすぐに「変なやつ」と一言で片づけませんか?

気づかないうちに偏見的に扱ったり、仲間外れにしてしまっていませんか?

 

例えば、小学生とかでも、人の気持ちが自然とわかったり、気がついて進んでお手伝いできたりする子だけがいい「個性」のように思いがちですが、実はこれって極めて単眼的なんだなと。

 

どうしてもみんなと同じように準備やお片づけができないとか、几帳面で周りに合わないくらいマイペースだったりとかいう子がクラスにはいるでしょうし、中には先生のいうことをちゃんと聞けない子だっているんです。

 

例えば、自閉症の男の子。自分の殻に閉じこもって一見変な子に見えたりしますが、実は大成している人がたくさんいますよね。(スティーブ・ジョブズ)本人も幼かった当時からそういう人はいましたが必ずしも普通じゃない、と白い眼でその子を観たり、レッテルを貼ってしまうのは、非常に短絡的すぎますし、却って危険な考え方になりかねません。

 

もちろん、障害のある子は別として、ちょっと変わっている子には、親の育て方や家庭環境にもひょっとしたら原因があったりしますからなんとも難しいとは思いますが、他人の子供が変わっていることに悪口を言っている人や、レッテルを貼って扱ってしまうのは正直どうなのかなぁ?と、感じてしまいます。

 

それよりも大切なのは、この子を一人の人間として尊重して、ひとつの「個性」として認めてあげて、その子が持っている良い部分を見つけてあげられるくらいにしてあげられたらいいのでは?それくらい広い寛容性を大人には持って欲しいし、私自身も持ってゆきたいな、と思います。

わたしも少年サッカーのコーチをやっていて、実際いろいろな子供たちと話しをするのが好きなので話しますが、みんな色んな面白いことに興味を持っていたりするんですよね。例えば、危険生物がすごい好きだったり、電車がすごい好きだったり、あるいはドラマの「真田丸」の影響で真田幸村のことに凄い詳しい子がいたり。

だから、あいさつができたり勉強やスポーツができたり、お手伝いがきちんとできる子だけを「いい子」と考えるだけでなく(物事の表層の部分だけで人を判断せずに)、もっと広い視野で「個性」を認めたり発見できて受け入れて考えられるくらいの度量の大きさや寛容な心構え、その子(人)特長を引き出せるだけの問いかけ力や聴く力、たとえ障害がある子でも対等な立場で接することができるフラットな姿勢。なかなか難しいですが、あって欲しい、と考えている今日この頃です。

私もこういう考え方を自然にできる、品格を持てたらいいな〜

 

人生は一度きり

You Only Live Once