こころの病と闘いなから「働き方をかえる」!YOLOなダイアリー

一度きりの人生(YOLO)、私同様に「こころの病い」と闘う人へ。

自律的な生き方 -Autonomous life-

こんにちは。

いよいよ梅雨入り。低気圧の影響で寝覚めがわるくなりそうですが、最近はまた快調な生活で、持病もなく至って元気です。普通なことだけで幸せな気分ですね。

 

ところで、最近、自分のこころの障害(身体表現性障害)について、ふと気付いた原因なのですが、それは"自由"という言葉。

 

私は元々マイペース。自分で何でもやってみないと気が済まない性分で、人から指示されるのが正直嫌いなんですよね。

仕事でも自分で決めて、自分の責任で"自由"に物事を進めたり解決して行くのは好きですが、いわゆる報告や上司に合わせたりするのが、不自由な感じがしてあんまり好きじゃありません。(もちろん仕事だから当然やってはいますが)

 

   今の会社は、入社当時は顔と名前が一致するくらいの規模だったので、自分の裁量で自由に判断しながらうまく問題解決したり、会社に貢献できる充実感がえられていたのですが、会社がどんどん急成長するにつれて官僚主義な仕事のやり方になり、10年経った今では、会議が多くなってきたり、知らない人が沢山増えたり、報告の為の仕事も増えたり、どんどん自分が会社の歯車になってる感へ。。

 

さらに毎週金曜日には上司へ「報・連・相」をやる必要になり、特にネガテイブなことはこの会議で「報・連・相」が必要に。でも、残念なことに「報・連・相」しては上司に嫌みを言われたり、何も決めないのに評論家的なことを言われ逆に原因追究せよといいような宿題がふえたりで、これってやる必要あるの?何なんだろう?と、サラリーマンながらもすごい疑問を抱き始めてしまいました。

 

そして最後には小さな問題は、もう「報・連・相」するのをやめて自分で解決するようになってしまいました。

 

こんな毎日で仕事の責任は大きくなるわ、官僚的で部署の壁ができて物事が決まらないわ、自分で判断できる幅はどんどん小さくなるわ、と本当の意味での”自由”がない毎日がたつにつれて、ある日突然、心と身体が一致しなくなってしまい、今の障害になってしまった、んだと思います。

(なんか会社の愚痴みたいで、こんなことを書くこと自体、自分的には不本意ですが、きっと病気の原因の一つだと思うので、敢えて書きました)

 

また、さらに残念だったのは、体調を崩して昨年4ヶ月会社を休職した時、もちろん私の穴は開いたでしょうが、会社は自分がいなくても回るんだな、と感じたら、多少虚しい気持ちに。。

自分自身の価値って何なんだろう?と考えるようになりました。

 

もちろん存在感を示す必要があるので当然頑張ってますが、やっぱり自分が責任もって”自由”に判断できることっていいので、最近、自分自身の中で、「もっと”自由”に働こう!」と決意しました。

 

最近読んだ本、「モチベーション3.0」でもありましたが、終身雇用制(1.0)から2000年代は成果主義(2.0)へ、そして「働き方改革」と言われる昨今では、ひとりひとりが自律したプロフェッショナルとして、「成果」という目標に向かってバーチャルにプロジェクトが動き、みんなが自由に働く、そこには上下関係なくフラットで水平分業的な働き方、自律的な生き方(3.0)になってくる時代が到来するだろうな、と感じ始めています。

 

大企業にいると、どうしても出世を考えてしまうひとが多くて、上司にいい顔をしたり、会社によっては派閥みたいな小さな世界で生き残りをかけている人もいます。

でも、一番大切な事は自分がいかにプロフェッショナルなビジネスパーソンとして、会社に貢献できるか?会社を変革できるようなことができるのか?ということであって、肩書きで人を判断しない、フラットで自律的な働き方(私的にはサラリーマン"ノマド"的な働き方なベストですが)が、これからの働き方の潮流になっていって欲しいな、と思います。

 

 実際のところ、この働き方、一番楽なようで一番大変なんですけどね。サラリーマンなのに全員あたかも事業主のようなことになっちゃいますから。「自由」と「責任」は相反しますから。ただサラリーマンは安定収入が最低限もらえるだけの違いかな。

 

ちなみに、私自身家族持ちなので生計を立てるためにもサラリーマン生活(会社)を辞めるわけにはいきませんが、変な官僚主義に縛られず、嫌な上司にも縛られず、とにかく会社に貢献して自由の存在意義を見いだす、そんな”自由”な生き方、自律的な働き方を模索して行きたいと思います。。

 

人生は一度きり。

 

You Only Live Once.

こころを整える

こんばんは。

 

今回の題名を見て、「あ、パクりじゃん」って気づいた人、その通りです、以前売れた本、サッカー日本代表キャプテンの長谷部誠の著書「こころを整える」です。でも、今日は彼の本の感想について話を書くわけではありません。

以前彼の本を読んで感じたことと、今自分が感じていることに少し共通項があるな、と感じて議題にしました。

ではなぜ、「こころを整える」について話すかというと、そう、この「こころを整える」ことって、シンプルな話なんだけど、案外すごく大切なことだな、と純粋に思ったから。

 

でも、別に「瞑想しなさい」とかそういうことじゃなくて、ただ単純に、布団に入って寝る直前に、腹式呼吸か深呼吸してでこころを落ち着かせてから「明日はきっといい一日になるように!」とか、「明日も楽しく頑張ろう」と自分に話しかけて、平穏な気持ちで就寝に入るだけで十分。

重要なのは、自分の中の[こころ]にポジティブなメッセージをきちんと伝えること。

 

いい音楽が自然と頭の中に流れていて思わず口ずさんじゃうのと同じように、寝ている間に「明日はきっと楽しいぞ」って潜在的にリフレインするような感じで。

 

わずか十秒間くらいのこの作業をするだけで、翌日の目覚めや朝起きた時の気分がなんとなく心地良い、ということに気づいたからです。

 

  今週は月曜日から、また身体の調子が悪くて起床した時に不安症状が起きて、身体が動けずなかなか起きられなくなってしまい、しかも、睡眠時間を十分にとっていたはずなのに会社を遅刻するハメに。(私の中での典型的な、身体表現性障害の症状ですが、もう2年近くなってきたかな、。)

 

 こんな生活はいい加減嫌なので、なんとかならないのかなぁ、と通勤中にかんがえていたのですが、

で、よくよく原因を考えてみて気づいたのは、そういう時に限って、寝る前に少しだけ遅く寝始めて、慌てた気持ちになっていたり、何だか考えごとしながら寝てしまったりしたり、あるいは日曜日夜の定番”サザエさん症候群”的な沈んだ気持ちで就寝していた、ということ。

 

言い換えると、「こころを整えていなかった」からです。私は専門家でないので脳科学理論上正しいのかどうか分かりませんが、きっと寝る直前の精神状態って、寝ている間から起床までずっと続いているように思います。また、寝ている間、きっと無意識のうちに脳が記憶を整理している作業が行われるので、例えばたまに自分から積極的に早く寝た日の翌日は、たいてい普通に心地よい朝を迎えられるような気がします。

 

長谷部が書いた本はもう随分と前に読んだ本なので、正直内容はあんまり覚えていませんが、たしか、試合前に自分の決まったルーチン(Routine)をこなしてから試合に挑んでいて、そうすると調子が良くなる、ような話だったと思います。

(かのメジャーリーガーのイチロー選手もこれに拘りがありましたよね)

 

最近スポーツ心理学に興味があって本を読んだのですが、メンタルトレーニングでも全く同じことが理論で書いてありました。

 

仕事においても「前始末」「前準備」とか、次のことに備えることが大切ですが、こころもちゃんと前準備して「整えて」から次の日を迎えるように意識することが、きっと潜在意識によく働くのでしょうね。毎晩寝る前に、一日で良かったことを振り返り、また明日もきっとよい一日になる!というように思いながら、心地良く寝てゆきたいと思います。

 

おっと、こんなこと書いているうちにもうこんな時間。また明日もきっといいことあるように「こころを整えて」就寝したいと思います、

 

人生一度きり、

寝る前にこころを整えてるのを忘れずに。

 

you Only Live Once.

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「0→1」なことをやろう!

こんにちは。

今日は「0→1なことをやろう!」について、

今年の年初に久しぶりに年間計画をたててみたのですが、約半年経ってちょっと振り返ってみたいと思います。(昨年の休職中に図書館通いの毎日の時、「働き方を変えてみよう!」と考えてみた計画の進捗状況です)

 

ちなみに「0→1」っていうとビジネス的には

”起業(スタートアップ)”

”新しいビジネスの仕組み構築”

”顧客を創造する”

ことだったりしますが、

まず最初に私が設定した「0→1」はハードルを少し下げて、仕事や家庭生活のスキマ時間で、商売関係なく「とにかく新しい価値を創る」ことにしました。(以下)

 

1) ”自分” ブランド、「2つ目の名刺」を創る

  ・初めての新しいことに挑戦する

  ・自分の本質、価値を理解する(売り込み)

  ・情報発信する

(ブログ週1。FB主体。ワードプレスが最終形)

  ・自分名刺をちゃんと完成させる

 

2)「0→1」インプット(自己啓発、投資)
  ・新しい面白い価値を見出してみる

  ・新しい資格を取る(職歴、趣味とつなげて)

  ・普段と違う新しい知り合いに出会う

     (新しい考え方や価値観を知るため)

  ・読書   年間100冊  

 

3)「0→1」アウトプット(成果)

   ・顧客(ファン)を創る

   ・新しいことを誰かと共創してみる

     (顧客なら、ボランティアでも何でもOK)

   ・目標: 年収 20万円(非課税)

     できれば嫁も利用して最大限非課税で収入獲得!

 

ちなみに前提は、

  ・サラリーマンだから(公に)副業はできないが、

時代の流れを想定して、今から準備しておくべき。

  ・自分の障害の治療として、仕事モードにならずストレスフリーで楽しく自由に、無理し過ぎない。

(「忙しい」は禁句でやる)

  ・金はかけないように努力する

   (交際費(飲み代)が一番かかりますが笑)

 

起業ではないので、あくまで自分にない新しいことを創造する意味での「0→1」、そして何でもいいから躊躇せずすぐやる、やりながら修正する、という意識でやってます。

ちなみに、時間も限られるため、いろいろやりながらも一方で、やるべき労力への取捨選択や人との付き合い方のスタンスなど、「修正する」作業が必要になります。

こういうことも含めて半年やった振り返り。

 

◇自己採点:50点(まあまあ)

◎良かったこと
充実して楽しく、とにかく人脈が広がってきた

・(メルカリだが)売上ができたらヤル気がでた

・「経営者マインド」の意味が何となくわかった

・以前より商売を考えるようになり、スキマ時間を使う癖がついてきた(無駄な時間が自然に減った)

自分の売りや発信する習慣(意識付け)ができてきた

 

△反省点

顧客(ファン)を創る難しさ、稼ぐ難しさ

  (これが一番大変、一朝一夕ではできない)

やるべきことを絞るべき

・具体的な実績(情報発信できるネタ)作りが大変

    →労力がかかる

・無駄な出費を減らすべき(特に飲み代)

・朝時間が有効利用できていない(病気もあり)

 

◆やったこと

○メルカリで出品(断捨離兼ねて)

○ライフキネティック公認トレーナーへ(ドイツ発の脳トレ×運動メソッド )

○大学ゼミでOBとしてプレゼン実施、大学運動サークルの同窓会サポート(仕切り)→FBネットワークを創りあげた

○6月現在  読書40冊位(年100冊以上の目標に対して、まずまず予定通り)

○大学同窓会  イベント委員に(〜10月本番)

△サッカーを始める、地域のネットワーク作り

?外国人ネットワーク(スポーツイベント)に参加。

△社外人脈づくり

 

◇今やっていること

○仕事の品質管理士の資格取得の勉強

インラインスケート資格、これから。

  (最終的にはインストラクターが目標)

 

❌できていないこと

・顧客やファン作り

(友達や知り合いが増えたから、Xではないが)

・中国語の勉強(HSK5級、年内受験)

・メルカリ以外で稼げそうなビジネス活動(ボランティアでもいい)

・共創的な活動、コラボイベント開催(プレゼン)

 

実際にやってみると、

特に「顧客を創ること」の難しさ、お金を払ってもらうまでの難しさ、言い換えると”商売”が絡むと、いろいろな意味で人に対してのハードルが一気に上がることがよく分かった(本当の商売人はこんなこと感じないんでしょうね)。

 

やはり、お金を頂けるようになるには、当たり前ですが、自分を信頼してもらうこと→顧客を創ること→「人の役に立つ」「お金に値する価値を提供する」ことまで地道な活動が必要です。

 

ICTを活用して効率良く、とかアプローチはあるでしょうが、私は商売とかあまり深いこと意識せずに、色々な友達〜人とのつながりに触れながら、気楽にいきたいと思います。

 

少なくとも、かのピータードラッカーユニクロ柳井正氏のいう話(=顧客を創造する)が、リアルに理解できただけでも一歩だけ前進したかもしれませんね。。

はっきりいってまだまだですが。。。

 

また、自分を振り返りたいと思います。

 

人生は一度きり。

You Only Live Once.

 

 

 

 

 

 

障害と闘いつづけること

   初めて、こころに異変を感じ始めて、病院に行き始めてからかれこれもう5年、そして症状が悪化してからもう2年近く経つ。

 

今まで、まさか自分がそういう立場(身体表現性障害というこころの病)になるなんて想像したことすらなかった。仕事のストレスや自分への甘さもあって突然そういう状況が自分の身に降りかかってきた気がする。

 

普通な人間のはずなのに、何故か分からないが、朝になると突然起きられなくなったり頭が重くなる。この毎朝の、なんとも言えないつらく困難な状況と、自分自身をコントロールできない自分のカラダに対して、凄くフラストレーションを持ちながら送る毎日。

 

何だか自分でもよくわからないのだが、潜在意識にある自分、が今の環境や将来にすごく拒否反応を起こしている

 

医師やカウンセラーからは、病気を治すには「転職」を勧めらる始末。何だか間接的にリストラ宣告されてるみたいで正直複雑な気持ちでもある。

 

今の会社は決して嫌いな会社ではない。わたしにとってはもう三社目の会社、「となりの芝は青く見え」たとしても、所詮どこだって苦労や嫌な人間関係がくらいあるのもわかっている。

 

月並みな表現だが、仕事を決める上で大切なのは、自分のやりたいことが自分の「商い(飽きない)」かどうか?それと、今いる会社(自営業含む)がそれと一致しているかどうか?であって、今の会社はそこは一致している以上、別に無理してまで転職する気もない、と思っている。

逆に、今の会社にいて感じるのは、時代の大局を掴める日本でも数少ないカリスマ創業者がいて、将来の展望は明るく、しかもグローバル展開が進んで、自分の仕事が社会貢献に繋がっている実感がある。また会社も大きな影響力を与えられるポジションにあるだけに、学生時代に漠然と思い描いた職業観(天職)なのかもしれない。

だから、まだ今の会社を辞めたいとは思わない。

 

ただ、今の病気になった要因として感じるのは、ここ10年で会社が急拡大(巨大化)しすぎてしまい、社員一人ひとりに自由な権限がどんどんちいさくなって、自分の裁量で仕事できなくなって自由がなくなったからかもしれない。

私は元来、自分で何事も決めてやりたい性格だから、そういう意味では、総論賛成各論反対じゃないけど、会社の方向性(ビジョン)には賛成だけれども、個人の裁量で即判断してリスクをとりながら仕事を自分で回すことが自由にできない、いわゆる大企業のサラリーマンには少なくとも自分には合わないのかなぁ。。なんて思う今日この頃です。

 

ま、幸いにも会社自体からは一応必要な人材としていられることだけまだマシなのかなぁ。いや、それくらいはやってるし、その程度のレベルじゃ人生つまらない。

 

てな訳で、いろいろと自分の心の中の葛藤をダラダラ と綴ってしましましたが、自分の中でもまだこの現実を完全に消化しきれているわけではないけだけれど、私は決して悲観的に捉えないようにしています。

 

言い換えると、この障害を「自分の一生のうちの通過点として課せられた大きな宿命(課題)」と考えたりするときもある。

自分ではそんなような気がしてきている。

 

もちろんたまには凹むときもあるのだけれど、全然普通の時も多いし、結局はちょっと年取って、若い時のようはいけなくなったくらいの気持ちでいいんだと思う。

 

「全て、ものは考え方次第」、というのが最近の結論です。

 

そして最近いつも意識するようになったのは、

・気楽に楽観的に捉えよう

     →長い人生の中でちょっとつまづいただけ

     →絶対に何とかなる、気にしないで楽しもう

 

・常に前向きにいい方向に考えよう

     →苦労や困難を越えてこそ人はさらに成長する

     →ピンチな時には必ずチャンスが見えてくる

 

・希望を持って毎日を一生懸命に生きよう

  (今はみんなに置いていかれているけれど)

     →「いつか逆転してみせる」という根性を

     → 人生一度きりだからこそベストを尽くそう

 

自分の都合のいいようにでもいいから、

そう考えるようにして毎日生きたら

きっといいことがあるんじゃないかな。

だって、人生は一度きりなんだし。

 

You Only Live Once.

 

 

「引き算」の習慣から見えるもの

今日は大事なスポーツの試合だったのに、開催場所を間違える大チョンボ!!

仕事じゃこんなこと、あまりすることないのに。。プライベートだと気が抜けるのでしょうか?

 

さとさて、今日は「引き算」の習慣の話。

断捨離とか、モノを捨てるという意味の「引き算」もありますが、ただそれで時間や空間を作ってシンプルな生活にしましょう、という単なる「ミニマリスト」的な話しだけでなく、さらにもう一歩踏み込んで、すべてのことに「引き算」する、言い換えれば研ぎ澄ましてゆく(削ってゆく)習慣を毎日切り返してゆくことによって、自分の中にある、唯一無二な真の「自分」像が見えてくる、そういう「引き算」を考える習慣をつける必要があるよな、ということを最近よく考えたりします。

 

何故そう思うか?というと、私は元々何でもやりたがり、よく言えば積極的、でも悪く言えば、的が絞られていないことが多い、いろいろやって良く知ってるだろうが、専門性が良くわからない。

つまり、自分の中で選択と集中ができてなくて、

「私=これ」みたいなものが自分でも中途半端、結局誰にも負けないレベルじゃないから、きっと自信が持てないんです。

 

人間、特に自分の価値を考えたり、自分の存在意義を考えるときに、自分自身も自分って結局何者なの?と”自分の原点”というか、自分のオンリーワンっていうか、これなら自信あるフィールドがあるはずなんですが、まだまだ絞り込めてないんだと思います。わかりやすいところだと、xx検定2級が5.6個あるけど、1級なし、みたいな感じです。

 

かの有名な広告クリエイターの佐藤可士和氏は、会社の戦力やコーポレートアイデンティティ、CMを作る際に、クライアントの話を聞きながら、その商品の無駄な部分をとことん削ぎ落として、顧客にとって、その会社や商品の「本質」が見えるまでにする、と聞きました。

また、僧侶もそうですよね。荒修行を通じて欲をなくすことで、生命、自然の「本質」、出来事や事象から見えてくる「本質」が見えてくるようになる、といいます。

 

これだけ情報に溢れて来たら時代は明らかに「引き算」が必要な社会。

今はミニマリストやシェアードエコノミーが主流ですが、

AIやIoTの時代になった時に人間の価値はこうな、るはずである

1) 0→1(創造する人)か9→10(職人的専門家)が価値を見出す社会

2)人にしか出来ないサービスや問題解決できる力

 

そして、それ以外の単純な作業やオペレーション的な仕事は人工知能やロボットに代替される

(一方で労働人口減少もあるんだから、あまり深く気にする必要はないが)、そんな時代はもう間近まで来ている。

 

だから、今のうちに自分を「引き算」して、自分オンリーな独創性(マニアックでもいい)だったり、専門性のさらなるブラッシュアップ(例えば業界知識や得意な語学力の強化、はたまた趣味をさらに磨いて肩書きを増やすの)したらいいかな、とイメージはありますが、

今こそもう一度、

  ○感情でなく理性的になって行動する

  ○日頃の行動を振り返り無駄を見極める

  ○内省して自分の価値、「本質」をみる

   (ライバルに勝てる自分のフィールドは何か?)

  ◯やるべきことを取捨選択する

  (やれることは限られている)

  ○「動」より「静」(動かないのも正解)

ことを毎日思い出して行動が必要。

 

最近、病気がきっかけで自分への職業人で遅れをとってしまったという”焦り”もあり、最近特に悪い意味で行動的過ぎた感もあるので、たまにはもう少し、腰を据えて、自分を「引き算」しながら、自分のキャリアや将来戦略を練りたいと思います。

 

自分でやりたいことでちゃんと顧客へ価値を見出してお金を儲けて飯を食うことがしたい。

いつか起業したいけど、現実考えたら子供の養育費を考えてたらまだまだサラリーマンはしばらく抜けられそうにありません。

海外では50代でも起業できるのが普通にあるし、副業だって世論的にも認めていかなければならない時代だから、今からまだまだ野心を持って準備してゆくつもりです。

 

人生一度きり。

 

YouOnlyLiveOnce.

 

 

思い込み(ミスディレクション)について

こんにちは。

最近も、いまだに週2〜3回は朝起きられない日々が続いていて、せっかく楽しみにしていた朝時間が作れていない残念な毎日。なんで、今日は静かな場所に逃げ込んでブログ書いてます。

(なんで、いっても頭重くて起きられないんだろうなぁ〜)

 

ところで今日は最近とても気になりなった言葉、

「思い込み(ミスディレクション)」について話したいと思います。

 

これを知ったのが、サッカーを科学的に考える番組Foot x Brainの先週の放送(日曜日午前のテレ東の番組)。

 その時のゲストが、海外でも活躍するプロマジシャンで、かつ慶應大学医学部生の志村 祥瑚(しむら しょうご)さん、という方。

日常生活での「思い込み」や「錯覚」といった人間がよくやりそうな勘違いを「ミスディレクション」と彼は表現し、実際に元サッカー日本代表のゲスト達にマジックを体験してもらいながら、自分達が普段いかに「ミスディレクション(思い込み)」で物事を判断しているのか?、「思い込み」のメカニズムを分かりやすく体感できる、非常に興味深い実演でした。

 さらに番組では、実際にマジックの種明かしも行うことで、「先入観の怖さ」や「思い込み」に気づく大切さだったり、自分の先入観や認知がいかに単視眼的か、を伝えてくれる内容でした。

ちなみにこの志村さん、彼の面白さは何と言っても学術的(アカデミック)な背景をもつマジシャンだというところ。彼の経歴は、マジシャンをやりながら精神医学を学ぶために慶應義塾大学医学部に入学。マジシャンで培った経験を元に慶應義塾大学大学院システムデザイン・マネジメント研究科と共同研究を開始し、「思い込みを変える」新しい心理療法・メンタルトレーニングの開発を行なったり、もしており、単なるマジシャンを超越した心理学研究の学者とも言える方でした。

 

番組をみて、私が改めて感じたのは、この「ミスディレクション」、やっぱり私の障害にも当てはまっているんだろうな?ということでした。

 

  でも私の場合は、上司や仕事のストレスで会社に行けなくなるような、いわゆる「適応障害」でもないので、そういう意味での「思い込み」による「会社に行きたくない」障害という訳ではないのですが、

私がいいたかったのは、「身体表現性障害」という私の病気自体、「こころ」と「からだ」が離れてしまって発症してしまうメンタル疾患のため、私の「身体表現性障害」は、ある意味、自分で思っていないようでも、自分の潜在意識に眠っている「ミスディレクション(思い込み)」によって、気がつくと実際に身体症状になって現れてきて、仕事に行こうと思っているのにからだがついてこなくなってしまい、気がつくと「朝起きられない」とか「頭が重い、痛い」とか無意識に「思い込んで」しまっていまっているんじゃないか、と思います。

 

毎日会社にはちゃんと通っているのに、それでも、ひょっとしたら「仕事を拒否しているのかもしれない」と悩むことも少なくありません。ま、私のわからない脳の潜在的認知のことだし、あんまり考え過ぎても仕方がないので、今日のボヤキはここら辺までで。

(ちなみに私はお医者さんじゃないので、あくまで一患者である私の個人的な解釈として聞いてくださいね)

 

それにしても、人間の脳って本当に奥深くて医学的にもなかなか解明が難しい世界なんだろうな、と思う一方で、AI(人工知能)の進化によって、こういう不可思議な認知のメカニズムもアルゴリズムによってデジタル化する未来が来る時代(シンギュラリティ)が20〜30年後には訪れるのかもしれないな、、と今日思うこの頃。

 

最近は、メンタルヘルスの問題やマインドフルネスなどのストレス社会の乗り越え方が話題になったり、AI(人工知能)によるディープラーニング(深層学習)やビッグデータを活用したデジタル化で第四次産業革命がもうすぐ訪れる、と時代の潮流になっていたり、とにかくここ数年間は「脳」ネタで巷のビジネス図書は溢れて、脳科学が注目されて研究が進んでいく、そういう時代にきているのでしょうね。。。

 

そんな私も、自分の病気をきっかけに、気がつくと心理学とか脳科学とか、今回の「思い込み」みたいな話に凄く興味を持っていたりして。

 

そういう、わかりそうでわかりづらい学問って、きっとハマると抜けられなくなりそうです。私は自分のこころの赴くままに、おもしろそうなことにはどんどん興味を持って考えてゆきたいと思います。

 

人生は一度きり。

 

You Live Only Once.

抗うつ薬は怖いけど気にせず試してみたら?

こんにちは。

今日はこころの病で飲む「薬」について。

私は専門家ではないのですが、数年間の服用体験談です。 私は今飲んでる薬は、抗不安薬抗うつ剤

(ちなみに私はうつ病じゃないんですが、メンタル疾患の人は症状によっては処方されるようです)

 

まず抗不安薬について。抗不安薬は、いわゆる軽い精神安定剤で、飲むと数分後から不安感やドキドキ感が取れて、落ち着いてくるような薬です。個人的には依存しなければ便利で良い薬だと思います。

もしこころの病でなくても、緊張感が止まらないとか人前に出られない、とかあるのは普通だから、そんなに気にせず服用でき、かつ頓服的に活用できるほ便利な薬ですし、また軽いこころの病の程度なら、これだけで治せてしまう人も多いようなので、ここまでは特に気にせず飲むといいと思います。

ただ、薬のタイプで短期間用〜長期間あったり、また個人差で薬との相性もあるので、しばらくは自分の合う薬、薬の量を先生と見つけるといいと思います。ちなみに私はメイラックスをよる0.5〜1ml、ソラナックス0.4mlを体調悪い時の頓服用で使ってます。飲むと軽く酔った感じになって楽になりますが、少しぼぅーとしてしまたり、物忘れや緊張感がなくなるので、適度に飲みましょう。

 

 次に抗うつ剤について。これは賛否両論かもしれません。人によってはネガテイブな情報を知って、躊躇する人もいるかもしれません。西洋医学的には聞くとされていて、私も実際、現在デプロメールという抗うつ剤をのんでますが、この薬にたどり着くまでにいろいろな薬を試しては身体が動かなくなったり、眠気が止まらなくなったり、様々な副作用で苦しんだ経験があります。

また、薬が切れると離脱症状といって、頭が重くなったり、いたくなったり、副作用のような状態になるため、長期間かけて量を調整しなければならない、なかなか難しい薬です。

確かに抗うつ剤は、私も最初は詳しい知識も何も知らず、風邪を治すための薬のような感覚で量を増やせば治るくらいの気持ちで町医者の言われれがままに量を増やしていきました。でも、のむと激しい副作用に見舞われたり、会社にいけないことも出てきて、これは困ったなと。結果、副作用がひどくなって仕事にも支障をきたすようになってしまい4ヶ月の休職に追い込まれることになった経験があるので、抗うつ剤に対しては、私は正直半分怖い気持ちが今でもあります。

ただ、ネガテイブなことを散々いった後で言うのは何ですが、結論から言うと、良い薬さえ見つかれば対処療法的にな軽い気持ちで飲んでみたらどうでしょう?と思います。だって、今少し安定してるのはきっとこれも効いているはずだし。

ちなみに私は、薬を増やして治療する相性の悪かった町医者から、会社の産業カウンセラーの勧めで大病院に変えることにして以降、先生から適切なアドバイスももらえるようになり、また、時々飲み忘れる時があっても、「それって症状が悪くならないんだから大丈夫でいいことなんですよ」なんて言われたりして、安心することができました。

それ以来、基本ちゃんと先生の指示どおり処方して、万が一たまにわすれても「ま、いっか」くらいの気持ちで細かいことは気にせず、また体調悪かったら「少し抗不安薬で落ち着かせるか」くらいの対処療法でいくのがいいのかな、となんとなく自分なりの対処方法ができてきました。

だから、抗うつ剤って聞くと、何だかすごい怖い感じがしてしまいますが、そんなこと気にせず、気楽に飲んでみてはどうですか?
ただ、個人的には大きな病院のちゃんとした心療内科の先生から適切に診断してもらい、薬を処方してもらった方が絶対にいいですよ。

もちろん、こころの病の根本原因をきちんと内省して振り返り、そこから自分の考え方の歪みを治していったり、はたまた認知行動療法といって、身体がおかしくなったときの対処ルーティンみたいなものを確立したりしてやってもいますので、いろいろ人それぞれとはおもいますが、参考にしてください。

(あくまで私個人的な意見ですが)

 

人生一度きりなんだから、いいと思えることは深いこと考えずに思い切ってやれることやっみましょよ!と言うわけでまた。

 

You Only Live Once.