こころの病と闘いなから「働き方をかえる」!YOLOなダイアリー

一度きりの人生(YOLO)、私同様に「こころの病い」と闘う人へ。

「引き算」の習慣から見えるもの

今日は大事なスポーツの試合だったのに、開催場所を間違える大チョンボ!!

仕事じゃこんなこと、あまりすることないのに。。プライベートだと気が抜けるのでしょうか?

 

さとさて、今日は「引き算」の習慣の話。

断捨離とか、モノを捨てるという意味の「引き算」もありますが、ただそれで時間や空間を作ってシンプルな生活にしましょう、という単なる「ミニマリスト」的な話しだけでなく、さらにもう一歩踏み込んで、すべてのことに「引き算」する、言い換えれば研ぎ澄ましてゆく(削ってゆく)習慣を毎日切り返してゆくことによって、自分の中にある、唯一無二な真の「自分」像が見えてくる、そういう「引き算」を考える習慣をつける必要があるよな、ということを最近よく考えたりします。

 

何故そう思うか?というと、私は元々何でもやりたがり、よく言えば積極的、でも悪く言えば、的が絞られていないことが多い、いろいろやって良く知ってるだろうが、専門性が良くわからない。

つまり、自分の中で選択と集中ができてなくて、

「私=これ」みたいなものが自分でも中途半端、結局誰にも負けないレベルじゃないから、きっと自信が持てないんです。

 

人間、特に自分の価値を考えたり、自分の存在意義を考えるときに、自分自身も自分って結局何者なの?と”自分の原点”というか、自分のオンリーワンっていうか、これなら自信あるフィールドがあるはずなんですが、まだまだ絞り込めてないんだと思います。わかりやすいところだと、xx検定2級が5.6個あるけど、1級なし、みたいな感じです。

 

かの有名な広告クリエイターの佐藤可士和氏は、会社の戦力やコーポレートアイデンティティ、CMを作る際に、クライアントの話を聞きながら、その商品の無駄な部分をとことん削ぎ落として、顧客にとって、その会社や商品の「本質」が見えるまでにする、と聞きました。

また、僧侶もそうですよね。荒修行を通じて欲をなくすことで、生命、自然の「本質」、出来事や事象から見えてくる「本質」が見えてくるようになる、といいます。

 

これだけ情報に溢れて来たら時代は明らかに「引き算」が必要な社会。

今はミニマリストやシェアードエコノミーが主流ですが、

AIやIoTの時代になった時に人間の価値はこうな、るはずである

1) 0→1(創造する人)か9→10(職人的専門家)が価値を見出す社会

2)人にしか出来ないサービスや問題解決できる力

 

そして、それ以外の単純な作業やオペレーション的な仕事は人工知能やロボットに代替される

(一方で労働人口減少もあるんだから、あまり深く気にする必要はないが)、そんな時代はもう間近まで来ている。

 

だから、今のうちに自分を「引き算」して、自分オンリーな独創性(マニアックでもいい)だったり、専門性のさらなるブラッシュアップ(例えば業界知識や得意な語学力の強化、はたまた趣味をさらに磨いて肩書きを増やすの)したらいいかな、とイメージはありますが、

今こそもう一度、

  ○感情でなく理性的になって行動する

  ○日頃の行動を振り返り無駄を見極める

  ○内省して自分の価値、「本質」をみる

   (ライバルに勝てる自分のフィールドは何か?)

  ◯やるべきことを取捨選択する

  (やれることは限られている)

  ○「動」より「静」(動かないのも正解)

ことを毎日思い出して行動が必要。

 

最近、病気がきっかけで自分への職業人で遅れをとってしまったという”焦り”もあり、最近特に悪い意味で行動的過ぎた感もあるので、たまにはもう少し、腰を据えて、自分を「引き算」しながら、自分のキャリアや将来戦略を練りたいと思います。

 

自分でやりたいことでちゃんと顧客へ価値を見出してお金を儲けて飯を食うことがしたい。

いつか起業したいけど、現実考えたら子供の養育費を考えてたらまだまだサラリーマンはしばらく抜けられそうにありません。

海外では50代でも起業できるのが普通にあるし、副業だって世論的にも認めていかなければならない時代だから、今からまだまだ野心を持って準備してゆくつもりです。

 

人生一度きり。

 

YouOnlyLiveOnce.