こころの病と闘いなから「働き方をかえる」!YOLOなダイアリー

一度きりの人生(YOLO)、私同様に「こころの病い」と闘う人へ。

「地位財」と「非地位財」

私が今の病気(身体表現性障害)になって昨年の休職中の時のこと。

自分の病気は一体何なのか?この病気の深層にある根本的な原因は一体何なのか?と思い悩み、深く見つめなおした時期がありました。そして最終的に出てきたキーワードが、

「地位財」と「非地位財」という言葉。

 

この言葉は経済学用語なのですが、馴染みがない人もいると思いますので説明すると、

「地位財」→他人との比較で得られる地位や財産

    (役職や収入、家や財産、子供の成績など)

「非地位財」→他人と関係なく得られる幸せ

     ( 健康や休み、趣味(楽しみ)や愛情)

です。

ちなみにこの言葉、ちょっと難しい専門用語ですよね。。私も初めて聞いた時はよくわかりませんでした。もう少しこの言葉がわかるように例をふたつあげておきます。

 

■例1: ライフスタイル

→金銭的な裕福か?  心の自由か?

「地位財」→皆んなが羨む一流企業で働いて給料を沢山もらっているが、時間もプライベートもなく毎日忙しい生活。
「非地位財」→田舎暮らしで自給自足生活。野菜を売って生計を立てるが収入は高くない。でも自然に親しめて優雅に自由な時間でストレスのない生活。

 

■例2: ステータス
→上の下か?中の上のか?

「地位財」→誰もが知る有名なプロチームに入団、二軍生活ながらも年棒は1000万。
「非地位財」→知名度も人気も高くない下位プロチームながら中心選手、年棒はトップ1000万。

 

(もっと知りたい方はこれを読んで下さいね)

https://sites.google.com/a/mytougane.com/tontororinohitorigotoa/jing-ji/jing-ji-xue-yong-yu/-de-wei-cai-to-fei-de-wei-cai-no-hua

 

では、本題に戻って、、何が私の「こころ」の苦しみの原因になってしまったのか?。

いろいろ考えて気づいた理由は?というと、私がこの数年の間に自分の中で、この 「地位財」と「非地位財」のジレンマに深くハマってしまったからです。

 

具体的に言うと、家庭やプライベートは楽しく、会社もそれなりの大企業にいて充実した生活を送っていたはずだったのが、仕事のストレスだったり責任に対するプレッシャーが多い会社の中で緊張感を張り詰めながら毎日に忙殺されているうちに、いつの間にか心の余裕だったり、将来の夢や希望、目標を考える余裕もなくなってしまいました(心をすり減らしてしまいました)。そして、仕事が大変で苦しい時期だったある瞬間から、ビジネスマンとしてのキャリアに大きな壁ができてしまって、気がつくと「自分は果たして幸せなのか?幸せじゃないのか?」がわからなくなってしまった、からなのです。

 

  今まで、自分としてはそれなりの大学を卒業して、仕事も自分のやりたいことを思い通りに(もちろんたくさん苦労や紆余曲折ありましたが)やってきて、そして転職しながら徐々にキャリアアップしてそれなりの社会人生活を送ってきました。

でも仕事のプレッシャーの多い社風の今の会社で、30代後半に差しかかった頃、社内の上司や同僚が次々と「こころ」の病気になるのを目の当たりにしてきたのをきっかけに「こころ」の病気が急に怖くなり、頑張って昇進すればするほど、自分も彼らみたいになってしまうのではないか?と急に不安になりました。

また自分自身も日々の仕事でのプレッシャーとストレスで「こころ」が疲れていたのか、急に自分の中の壁を乗り越えられなくなってしまいました。

また、週末は充実していて趣味や家族との時間も楽しんでいて「非地位財」を得られていたはずが、気がつかないうちに「家族を経済的に支えなければならない」と自らプレッシャーを作ってしまい、それが更に重くのしかかってきて、気がつけば、自分がビジネスキャリアの踊り場にハマって抜けられなくなっていました。

 

振り返ってみると、社内で昇進できるような機会が決してなかった訳ではなく、実際チャンスはあったにもかかわらず、当時の自分の「こころ」の迷いや「一歩前に進めない」自分自身の気持ちが、チャンスを自ら潰してしまっていました。今考えると、あの頃には、身体はまだ正常でしたが、「こころ」は既にもう病み始めていたのかも知れません。

 

その後病気になり、それから約5年経ちました。

40代にもなると自分の周りにもどんどん昇進したり自分で起業したりして収入的にも社会的にもそれなりの地位になる人も出てきます。最近よく感じるのが、プライベートで学生時代の友人と名刺交換する時。元来、私は他の人のことはあまり気にしない性格なのですが、最近さすがに時々名刺交換に気が引けることも出てきました(はっきり言って自分としてさ不本意ですね)。

でも一方で趣味のスポーツで知り合った友人とは、学歴とか地位とか収入とか全く関係なく、純粋に楽しい関係が気付けていて非常に幸せな毎日を送ってもいます。

 

最近はっきりわかったのは、私にとってこの「地位財」と「非地位財」、欲張りかもしれませんが、やっぱり両方とも必要なんだ、ということです。

もちろん両方のバランスはありますが、少なくとも今の自分は「非地位財」は得られていると実感しているので、これから何とかして「地位財」を得られるようになりたい。私は特にビジネスマンとして成功したエリートな人間ということはありませんが、それなりに順調に歩んできたはずの歯車が完全に狂っている、この閉塞感のある状況を何とかして打開したいし、打ち破りたい。

別に凄く成功したい、とか有名になりたい、と言うわけではない。どういう形であれ、金持ちでも社長に出世出なくてもいい。ある意味、オンリーワンな地位でいいので、これから自分らしさや自分だからある「存在価値(地位とか居場所)」に、もう一度一から挑戦してみたいと思います。

そしてもちろんですが、人から感謝されたり、認められるような「地位財」を得られるように挑戦したい。

そして、小さな失敗はいくらでもしていいから、とにかく何でも諦めないで目指してゆく気持ち、を大切にしたいし、できれば、チェンジメイカー(人々に影響や変化を与えられるような人)でありたい。

 

そうすれば、いつかきっと、今の病気も克服できるんじゃないか?と信じています。

 

もっとも、私はまだまだ高い山の麓にいますけどね。将来は70歳定年になるはずだから、私は今折り返し地点。何歳からでも遅くはない。

人生は一度きり。

 

You Only Live Once.